死んでから認められるということ

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写真はこれまで描いた絵が置いてある場所。

絵を描いていて、常に頭を離れないのが本物の芸術家はしばしば、死んでから真価を認められるということ。

ゴッホとかモーツァルトとかそうですね。モーツァルトのことを映画にした「アマデウス」なんて、モーツァルトが死んだあと、その遺体は袋で包まれて他の無名の人々といっしょに同じ穴にボンッと無造作に投げ込まれます。でも曲は残りました。サリエリは唯一生前にモーツァルトの才能に気づいた人で嫉妬していました。サリエリの方が成功していたのですが、死後は忘れられてどんな曲があったっけ?という状態です。

そういえばいわさきちひろさんも息子の猛さんがおっしゃっていましたが、自分の作品がどれほど価値があるか社会的な評価を知らずに亡くなったと。

手塚治虫さんも生前は漫画は悪いものとして(たぶん手塚さんの作品だけではなく)一か所に集められて燃やされた時期もあったのですが、死後、その貢献度の高さと改めて画力が認められて初めて美術館に作品が展示されるようになりました。手塚さんの作品を愛してやまないある漫画批評家は「こういう展覧会がなぜ彼が元気なうちに開催されなかったのか」と。悲痛な声です。

Steemit時代は一つの記事にvoteできるのは1週間まででしたが、Hiveもそうでしたっけ?1週間で記事の価値はわからないよう・・・と時々思います。

私はいろいろ面倒なので有名にならなくてもいいわ、絵を描くペースも今ぐらいが無理がなくてちょうどいいし。とりあえず生活はできています。

そういえば日本美術会の会報が言ってましたが、会員の作品が死後どうなっているか心配だ。散逸していませんか?と。たしかに心配です。お世話になっている福祉施設ほっとすぺーすのスタッフさんに話してみます。

ということでまとまりのない内容ですみません。今日はこの辺で失礼します。

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