こんばんは、kikoyamadaです。
今日は夜風が気持ちいいですね。
でも夏の夜風はどこか憂鬱を感じる気もします。
そこで今回は、そんな憂鬱をさらに深いものにしてくれる
ガス・ヴァン・サント『死の三部作』
をご紹介したいと思います。
ガス・ヴァン・サントってだれ?
ガス・ヴァン・サントはアメリカの映画監督です。『グッド・ウィル・ハンティング』『ミルク』など多数の作品を残していて、アート系、メジャー系、どちらの作品も撮れちゃいます。元々はペインティングをしていた方で、ゲイを公言しています。
『死の三部作』とは?
これら3つの作品のことです。
これらはアート系の映画ですね。
それぞれ話が繋がっているわけではなく、まったくバラバラの映画で、ガス・ヴァン・サントが「この3つは死の三部作だ」と言ったからそう呼ぶだけです。
ただし、3つには共通する以下の特徴があります。
- 話が死に向かっていく
- 実話に基づいている
- セリフが少ない
- 音楽がほとんど使われない
- 人物の歩く姿を背後から追った長回しショットの多用
同じスタイルの枠組みを使って3つのお話を撮った
という感じですね。
では、3作を簡単に紹介していきます。
ジェリー
2人の青年が荒野で迷い、そこから抜け出すためにひたすら歩く。
2人の青年は何故かどちらも"ジェリー"という名前で、道を間違えるたびに「ジェリった (= 間違えた)、ジェリった」と言うんですが、それが見てて笑えます。マット・デイモンとケイシー・アフレックが演じています。
エレファント
アメリカのどこかの高校のある1日。いつもと同じように続く日常を、悲劇が待ち受ける。
ある高校の1日を、複数の生徒の視点から多角的に描くという構成で、チャプターが変わるごとにカメラの追う生徒が変わります。そしてそれらが最後に待つ悲劇へと収束していくのです。コロンバイン高校銃乱射事件を基にしていて、役者はすべて素人。
ラストデイズ
ミュージシャンの男は病院から抜け出し、バンドメンバーのいる館で最期の日々を過ごす。
伝説的バンド『ニルヴァーナ』のボーカル、カート・コバーンの最期からインスパイアされた作品です。カート・コバーンをモデルにした男を、マイケル・ピットが演じています。
結末は最初からわかっている
まずはっきりさせておきたいのは、これら3作の結末は最初からわかっているものだということ。つまり詳細はどうあれ、"死ぬ"ということはなんとなくわかったうえでみんな観るわけです。
これは実話を基にした作品全般に言えることですが、その結末が周知なのは前提としてあって、そのうえでそこにどう辿り着くか、その過程で何を描くか、それが問題なんですね。
ではこの『死の三部作』
その過程で何をどう描いているんでしょうか?
漠然とした憂鬱
3作がその過程で確かに描いているものの1つは、日々に対する漠然とした憂鬱感でしょう。
その憂鬱を増幅させているのが以下の特徴。
・気だるくスローに進む話
・気だるくスローに進むカメラ
・空白の多い画面の構図
・静けさ
・淡い光が生む脆い空気感
ポイントは、これらが押し付けがましくないところです。
別に作品のトーン自体は重いわけでもないし、わざとらしく憂鬱を与えようとしてくるわけでもありません。
でも映画全体には確かに死の気配が濃厚に漂っています。
登場人物たちは何も意味のある会話はしないし、ほとんど劇的なことは起こらず淡々と時間が過ぎていくだけなんですが。
なんなんだこの感情は。
正直観ているあいだは、退屈だと感じたり、眠くなったりするかもしれません。でも観終わってみるといつの間にか、その風景と言葉にできない何かが心に焼きついていることに気づきます。
たまにふと、「あの映画また観たいな」となぜか思ってしまうような、そんな映画たちなんです。
そんなもの3作観るのはつらい
3作はバラバラなのでぜんぶを観る必要は全然ないです。もっと言えば『ジェリー』は観なくてもいいです。微妙です。
観るなら
1.『エレファント』
2.『ラストデイズ』
3.『ジェリー』
の順ですかね。
1や2を観て気に入ったら、同監督の『パラノイドパーク』(2007) を観てもいいかもしれません。ここではその詳細は省きますが、空気感が似ていて、1や2を観やすくしたような感じになってます。
そんな『死の三部作』
どれも作品自体はそんなに長くないので、気になった方はぜひ。
おまけ
実は『エレファント』は同名のショート・フィルムにオマージュを捧げていて、そっちの『エレファント』(1989) も良いのでついでに載せておきます。39分で終わります。
このショート・フィルムを監督したアラン・クラークという人も面白いので、また機会があったら紹介するかもです。
ではでは