人はなぜ「幸せになれない=選択を誤る」のか。本書『明日の幸せを科学する』で一貫して提示されていることは「人の記憶や印象は自らによってバイアスがかけられているため、自分にとって心地よいはずの未来を見誤る」ということである。
でも、それって本当だろうか? ひどいフラれ方したのは確かだろうけれど、その最後の瞬間以外は幸福な瞬間も数え切れないほどたくさんあったはずだ。最後の瞬間だけがひどかったという理由で、その恋愛全体がひどいものだったと記憶を書き換え、印象を操作している可能性はないだろうか?
空腹の状態で買い物に行くと食料品をたくさん買いすぎて腐らせてしまうけれど、満腹の状態だとそうはならない(買い物に行く気にさえならない)。これは自分の現在の状態に左右されすぎて明日の冷蔵庫を見誤っている典型例だ。
あるいは「よし、明日は部屋の掃除を終わらすぞ。たったこれだけだからちょろいもんだ」と意気込んでみたが目標の半分も終わらなかった、というような経験は誰にでも一度はあるはず。こうした過ちを何度も繰り返してきている。もちろん私も。
本書の結論部で示されている科学的根拠に基づく助言によれば、自分の記憶や印象が全く頼りにならない以上「自分と同じ立場にない他人の意見を参考にするべき」と示されている。「他人の意見=バイアスのかかっていない客観」だからである。
これを書きながら下記の例を思い出した。
私の友人は、恋人と付き合いたての頃「毎晩電話しても全く飽きることがない。こんなことは初めて。一生恋人を愛し続けるに違いない」と豪語していた。私を含めた他の友人たちは「毎晩電話してるのかい? そりゃ大変なことになるね」とか「飽きっぽいあいつのことだから、どうなることやら」とか言っていた。
果たして2ヶ月後、当人は「自分の時間がない。別れようと思う」と呟いていた。自分の感覚ではなく、他人の意見のほうが未来をより正確に予測できる典型例だと思う(その後結婚しました)。
だけど、無駄な部分に本質がある、と私は考えている。この場合の「本質」とは「笑える」ということである。著者は相当頭の回転が速いようで、数ページに一度は声を上げて笑わせられた。笑える上にためになる、これ以上の幸せがあるだろうか。極上の読み物である。
著者ダニエル・ギルバートは、15歳で高校を中退した後にアメリカ国内をヒッチハイクで旅をし、現在はハーバード大学で教鞭を取っているという異色の経歴の持ち主である。読み終わった後に気づいたのだが、かつてTEDで見て大変におもしろかったのが印象に残っていた人であった。
https://www.ted.com/talks/dan_gilbert_asks_why_are_we_happy?language=ja