母方の祖母の生死を思う

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写真は私の部屋のカーテン

母方の従姉妹がLINEで母方の伯母と伯父の写真を送ってきました。伯母も伯父も車椅子の人になって・・・。私の父と同じ。私たちの親世代はそういう時期なんですね。

それで、既に亡くなっている母方の祖母の話になるんですが。元気だった頃、杖をついていた頃、車椅子になって施設に入っていた頃。見ています。元気だった頃、やかんでお湯を沸かしてそのお湯をポットに入れていた姿が印象に残っています。不思議ですね。そんな何気ない場面を思い出しているんです。施設に入っていた頃、祖母は「家に帰りたい、家に帰りたい、寝ているだけでいいから」と言っていたそうですが妹は「そんなの無理」と言っていました。たしかに無理です。トイレは?食事は?私の父と同じ。父も今老人施設に入っていますが家に帰れるかも、と希望を持っていたことがあるらしいです。でもケアマネさんに「一人で食事できる?洗濯できる?」と聞かれて無理であることを悟るのです。施設に入った当初は歩行器があれば歩けましたが、今は足がふらついて危なくなり、車椅子に乗るようになりました。

祖母が車椅子に乗るようになって仙台の秋保温泉のホテルに母方の一族が集まったことがあります。くも膜下出血で倒れたあとの母を介護していた時で、祖母と母を会わせるのが目的でした。

車椅子に乗るようになったら衰えるのは早いと祖母を見て思いました。歩かなくなりますから。人間は足から弱る、という言葉は本当だと思いました。

妹は私よりドライな性格です。既に父の葬式の心配をしていて、葬式のための貯金をしています。それでいて父の白内障の治療にせっせと付き添ったりします。

祖母の死はあっけなく訪れたらしいです。葬式に行きました。それを最後に母の実家に行くこともなくなりました。

こんなこと言っている私にもいつか訪れるであろう体の衰え。今年の夏に眼科で目を診てもらって「年齢相応の自然現象的な衰えは感じるが(緑内障のような)悪いものはない」と言われました。

暗い話ですみません。でも最近はこういうこと考える機会が多くて。誰にでも訪れる老いるということを書かせていただきました。

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