人間の行動はP2Pプロトコルだよね 【誇大妄想記事】

fusan(62)
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渋谷のスクランブル交差点を見てふと思ったので記事にしてみました。あれだけ無秩序に人が歩いているのに全くぶつかりもせずに上手に避けてる。思い思いの行動をしながらも自律分散的に調整されています。

『人間はP2Pでメッセージングしてる』

挨拶とはメッセージの同期のようなものじゃないか?

「僕は右に避けるよ」
「じゃ私は左に寄ります」

こんなことを挨拶や目配せ、身のこなしで自然におこなているのが人間です。逆に挨拶(メッセージング)に齟齬が起こると。。

「お前どけよ!」
「いやお前どけよ!」

と言った感じです。周りの人は。。

「怖いから離れよ」
「あの人たち喧嘩しないかな」

みたいになりますね。

すなわち挨拶のない社会は風紀が乱れ、ネットワークの崩壊につながる。落書きの多い街とそうでない街のように。そして落書きの多い街は自然に人が離れてきます。そして落書きがあるような街が好きな人だけが残りコミュニティーは縮小していきます。エネルギーを失っていくのです。これはものの通りであり、ある種のコミュニティによる自律的な懲罰です。悪意あるノードのスラッシングみたいなものでしょうか?

メッセージングに支障をきたすとP2Pで起こることはとても単純で逃避か攻撃です。これは原始脳がおこなう感情の反射です。これは人間社会のみならず他の動物でも起きていることに思えます。ルールから外れるものは排除される、もしくはコミュニティーの分離を起こします。スラッシングもしくはハードフォークです。大義があれば後者、大義がない自己中であれば前者といったイメージです。

ルールは環境変化に依存します。環境が悪くなれば混沌が生まれ次の秩序に向けたエネルギーが蓄積されます。人間の体は食事を体内に取り込むことでエネルギーを保つ様に働きます。そして一定の期間を超えると死を迎えます。そしてこのことはより大きな構造であるコミュニティにもつながります。コミュニティーにとって人間は構成要素の一つにすぎません。環境変化に合わせ常に代謝されるべきです。老害とはよく言ったものです。老害とは年をとったとゆうよりも代謝をやめた存在と言った方が適切かもしれません。とはいえ歳をとると大筋老害の傾向が出てしまうので同義になりますね。

てことで環境変化が起きた時にどうやって秩序を壊し新しい秩序を作りやすい様にするのかがパブリックプロックチェーンの基本的な機能の様に思えてきます。細かなルールは環境により変化させていく方がよく。それでもダメならばハードフォークさせる。ハードフォークを重ねることで洗練された自律分散のプロトコルは完成するのでしょうね。そして、極めて抽象化せさることで人間社会が手に入れたものと同様に基盤となりうるものになると思います。

まとめると、フィジカルな世界では自然にやっていることをネット空間でも実装しようとする試みがパブリックブロックチェーンの本質の一つかなと。すなわち、自律分散であり社会の最も粒度の小さいP2Pの世界をネット空間で実装する試みだと思います。なので、最近は何周も回ってやはり自律分散こそが楽しくてブロックチェーンが楽しいわけじゃないことに改めて気づきました。

自律分散がなんで必要なんや!と言われると。社会が5GやIoTの時代になるからや!と言ったことになります。自動運転車同士がメッセージングして事故なく走る社会。太陽光パネル同士が融通して町全体の電力供給をおすそ分けする社会。まあ取り上げたらキリないですがそんな環境変化が来るからです。

社会の秩序が何年もアップデートしている中で人間社会におけて、P2Pとゆう根底に流れるルール自体は時代を問わず普遍的なものに感じてます。なんで歴史を見てみると今も昔も個人の判断とかは何も変わっていない様に思えます。

てことで自律分散と法人ノードや個人ノードの組みわせが社会を変えていくとウキウキしてる次第です。

とまあ、人間社会をブロックチェーンにあてはめてみると面白いなシリーズでした。

合わせて読んでいただけると嬉しいです。
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