エッセイは気の向くままに書く。これが、僕の信条である。テーマを決めて書くときがあれば、テーマが思い浮かばないこともある。今日のエッセイは、気の向くままに書いている。
どういうような展開になるのか自分でもわからない。昨日、「酔いがさめたら、うちに帰ろう」を観ていた。アルコール依存症の話である。中島らももアルコール依存症であった。
彼のエッセイで書いていたように、黄疸が出て、小便はコーラ色で、便は白色で固形物を一切受付なかったそうだ。理由は、ある劇団のミステリーの執筆を依頼されて受けたものの、書けないことに気づいた彼は、ウィスキーを連続飲酒をして、何とか書き上げたものの、残されたものは連続飲酒が止まらない状態になった。
僕が、鬱病を発症したのは35歳である。と同時に酒量が増えた。薬を服用しながら、ベロベロに酔って友人や知人に電話をかけまくった。さぞかし、迷惑な話である。もう一歩のところでアルコール依存症になりかけたところであった。
アルコール依存症の一歩手前で止められたのは、精神病院に入院したからである。必然的にアルコールとは疎遠になったからである。入院期間は2ヶ月ほどにも及んだ。
隔離病棟と呼ばれる病棟に入った。そこは、完全に社会と隔離されている状況である。外に出るのにも、病棟には鍵がかかっていて内側からもかかっている。本当に、この期間は辛かった。精神病院にいて寛解するものだと思われたが、症状は軽くなる程度だった。
こんなところから早く脱出したいと思いながら過ごしていた。入院している人々は様々である。ブツブツ独り言を言っている人もいれば、突然、キレ出す人もいる。大声で叫ぶ人もいる。
こんなところにいては、精神的に参ってしまう。精神状態が悪いから入院しているのであって、これでは、何の意味もない。
これが、僕が精神病院に入院した体験である。その後も、躁鬱病となり、入退院を繰り返す羽目になった。鬱状態に入れば、精神的に疲弊して自殺願望が頭をもたげる。それでも、最後の一歩に踏み切れないのは、まだ、人生に絶望を感じていないからだ。
まだまだ、人生やり残したことがいっぱいあるからである。エッセイも出したいし、小説だって書きたい。その一心で生きている。たとえ、躁鬱病がひどくなったとしても、僕は書き続けるだろう。それが、僕の生き方なのだから。