学ぶということ

8C902C32-8CF0-413A-8521-14C91B859278.jpeg

今月に祖母の一周忌がありました。

その時に来てくれた
住職さんの説法の中に

"見えざるものを見さしむる
これすなはち仏と言う"

と言う言葉があり
すごく印象に残ったので
今日はこの事について
書きたいと思います。

住職さん曰く、
大切な人が亡くなった際に
"あぁしたら良かった"とか
"もっとこうしてあげれば良かった"
など思うことがあると思います。
しかし普段生活している中で
そう思える事は中々ないですよね。
大切な人が仏になられて
皆さんに教えてくれている事なのです。

仏壇もそれと同じで
何故、我々のほうを
向いているのかというと
仏壇の前で手を合わせる時に
自身と向き合って欲しいという
意味が込められているからです。

と。

もしかしたらこういった話は
宗派によって違うかもしれないですが
我が家に来てくれた
住職さんはこう話してくれていました。

この話を聞いて私は
非常に興味深いなと思いました。

私の好きな言葉に
【合縁奇縁】という言葉があります。
縁は異なもの味なもの
という意味合いで
どんな縁も自分にとって
必要な事を学ぶために
ある機会だと思っていて

それに通ずるものがあるなぁと。

例えば、故人を偲ぶ為に
普段会わない親戚が
集まる。
そして故人を通じて色々な話をする
これは故人が結んでくれる縁です。

大切な人が亡くなると
悲しみが溢れてしまいますが
そういう風に見てみると
ただ悲しむだけではなく
しっかりと与えてくれた縁や
学びに耳を傾ける事も
大切な事だと感じました。

H2
H3
H4
3 columns
2 columns
1 column
Join the conversation now
Logo
Center