❏ Japanese
私は現在、セクハラの加害者とその加害者をちゃんと処罰せず私をPTSDに至らせた会社を相手にして2年以上戦っています。
明日というか、今日8月16日は第2審がある日だ。
とても鬱で苦しい。
被告代理人から届いた書面の内容があまりにも酷かったので、たくさんの涙と胃痛で何日にもかけて書き上げた反論を共有する。被害者が自分をえぐりながら事細かく陳述して証明しなければ加害者は否認し続けられるという、一見あたり前なこの過酷な現実。なんとかならないかな。しかも外国語だよ。ただでさえ苦しいのに、言葉が通じなくてもっと苦しむ人もたくさんいるだろう。。私にできることがあれば助けたい。この記録も、今まで苦しんだ時間を、そして苦しい今を、無駄にしたくないから残している。しかもブロックチェーンの上に。きっと誰かには役に立つだろう。私もどうすればいいのかわからなくてたくさん検索していたから間違いない。自分と似ている人が1人でもいたら、少しでも勇気が出る。だから私は最後まで争って、この日記を終わらせると決めた。
(登場する人物の名前は仮名です)
「必要最低限」の基準は誰の基準だろう?私にとってその「必要最低限」の接触がとても執拗だった。最初は「私は背泳ができません。どうやるんですか?」「教えようか?」「はい!」と私からお願いしたのは事実である。最初は被告の接触がセクシャルハラスメントだとは思えず、ただ執拗すぎて「不快」だった。周りに人もいなくなったことに気付き、遠くから片付けをしている先輩たちが見えたので「私も片付けなくちゃ」と慌ててその場を去ろうとした私をまた仰向けにした理由が全くわからず、その行為に酷い執拗さを感じた。私は被告の雑談に適当に相づちは打ったが、困惑した顔をしながらいい加減帰りたいというニュアンスを表した。しかし被告がそれに気付かなかったのか、無視したのか、その場を去るのは簡単ではなかった。
もちろん、そういう人もいる。子供がいたらそうするように教育すべきである。しかし、皆んなが被告(もしくは被告代理人)が言うように「反射的に抵抗し、水しぶきが上がるなどして周囲に注目を浴びる」ことができるとは限らない。それはあまりにも人を単一的に考えるのである。「パニックになったのだから、驚きのあまりおぼれていてもおかしくない」というのも同じく、パニックになった時の反応は人によって違う。私の基準で「パニックになる」というのは、しばらく体が固まって正常な思考と判断ができず、その状況で取るべき行動がわからなくなることである。
自分の身を守ることだけを考えたならば、被告(もしくは被告代理人)が言う結果になったと思う。しかし私は「反射的に」状況把握とどういう対応が最善なのかを考えようとしていた。私が注目を浴びないようにして済ませたのはその場の空気を壊したくなかったからである。だから被告はそこで止めるべきであった。被告がそこで止めたら私が会社に話すこともなかっただろう。
サービスエリアで席を変えてもらった後からは被告のことを考えないように頑張っていたので、被告が寝ていたかどうかはわからない。しかし、サービスエリアに着くまで寝たふりをしたのは私である。私が嫌だという表現をしても信じられない部位をタッチし続けたので、体を丸くして前のシートに体を密着させ寝たふりをした。前のシートの人々から「李さん、大丈夫?」と聞かれたけど空気を重たくしたくなかったので「車酔いかな。。。ちょっと休みます」と答えた。被告が止めてくれるのを望みながらその場の空気を壊さなかったわけだが、被告は「李さん、大丈夫か?」など、心配するふりをしながら私の背中やお尻を触り続けた。しかも、下車後私の所に来てとても可愛いと、最高だと、ありがとうと握手を求めた。あのときその場にいた人は誰でもそれを覚えているだろう。
その車を運転してくれたAさんが、同じ部署のBさんに「李さんはどう?大丈夫?後ろの様子が何か変だったよ」と心配してくれたらしい。ミラーから何か見たのかも知れない。
そう、私の右側にはもう一人座っていた。しかし私はその男性の顔も名前も覚えていない。その人は記憶と夢の中で、顔がにじんでいたり、卵のような顔をしていた。あの人は私を助けてくれなかったのでその場にいなかったのと同じだと思っている。被告の行為をよくある性的冗談や悪戯だと思ったのだろうか。空気をごまかすためだったのかどうかはわからないが、あの人は車がカーブをする度にテンションの高い声で「やばいやばい〜曲がるぞ〜」などを言いながら私に体重を押し寄せたことを覚えている。被告もカーブの時同じく私に体重を押し寄せながら遊んだ。「車に乗ってからほとんど寝ていた」と?誰か被告が寝ていなかったことを証言してほしい。
きっと今まで被告(もしくは被告代理人)の周りにはこういう人がいなかったであろう。<被告の行為にどう反応をすればいいのか>だけを考えればいいのに、私はそれができなかった。<その反応をしてもいいのか。その反応をした後この空間と周りの人々の気持ちはどうなるのか。この人はなぜこういう事をするのだろうか。衝動によった行為なのか常習犯なのか。反省の機会を与えるべきであるか。後で1対1で解決できるか>などを考えていた。私が「車中の人間が被告のハラスメント行為に気づかない」ように被告だけがわかる消極的な抵抗をしたのも、他の人には何もなかったように振る舞ったのも、それが私の思う最善だったからである。それが不自然だと思う人がいても仕方がない。それはその人の基準だ。しかし、私が他人の基準で「明らかに不自然」な対応をしたからといい、被告が私にした行為が存在しない事になるわけではない。私が悩んで苦しんだ時間がなくなるわけでもない。ただ、私と被告にしかわからない事になるだけである。
平成27年7月25日から三ヶ月間は被告のハラスメント行為を心の奥に封印して、その記憶に蓋をして、考えないようにしていた。なかったことにすると、また笑って働けると思っていた。時々苦しくなって、女性先輩たち(当日席を変えてくれたCさんと係長のDさん)に相談しながら泣いていた。それでも全体的に、大丈夫だった。
しかし被告は反省ところか、会社で偶然会う度にニヤニヤと変な目で私を見たり、頭をかき上げながらカッコつけたりしていた。私の主観による感じだから、被告が何を考えたのかはわからない。
被告が参加する飲み会は避けていたのだが、2015年11月6日だったかな、入社して1年前後の社員だけが集まる飲み会に被告も参加することがわかった。私はあのとき初めて被告が私より入社がたった半年早いことに気付いた。
そして飲み会の前日に悪夢を見た。被告に追いかけられ、お手洗いに追い込まれ、閉めたドアが壊れそうに叩かれる夢だった。不安で怖くなった。しかし、被告のせいで他の社員との交流を避けるのは嫌だった。臆病になりたくなかったのでその日は堂々と飲み会に顔を出し、被告とは一番離れたテーブルに座った。そして被告の存在を意識しないようにして他の女性社員たちとおしゃべりをした。そこに、被告はわざわざやって来て私の前に座った。私は被告が見えないふりをした。
しかし被告は執拗に「〇〇って誰?〇〇ってどういう意味?」などと何度も仲間との会話に入ろうとした。私は一言も答えなかった。その日、被告に反省ところか自分の行為に対する自覚すらないことがわかった。
2015年11月11日の夜に十条の「いずみ」という韓国料理屋で被告の上司であるE課長と会って被告のことを相談した。その次の2015年11月12日に早速セクハラ対策委員会のFさんから会いたいとメールをもらった。
実は2015年10月、既にマーケティング部のG部長に私が飲み会に行けない理由は被告のハラスメント行為が原因だと話した。しかしG部長は被告が重要な仕事を任されているから会社がクビにするのは難しいだろうと言った。1年後わかったのは、G部長がその話を管理部のH部長に言ったということである。H部長はG部長に「わかりました。僕が処理します」と言ったらしい。しかし、会社からは何の対応もなかった。E課長はセクハラ対策委員会のFさんに直接被告のことを話したのですぐ対応があったのだと思う。私はH部長が被告のことを元代表取締役のIさんにも報告せず(それもE課長が直接Iさんに報告してくれた)、被告の行為に相応しい対応を取らなかったのは、被告が取締役兼開発部の部長であるJさんの後輩だということを知っていたからであると思ったりもした。だから私はH部長が二番目に悪いと思っている。
長期にわたった休養の時も、給料のことで心配していた私にH部長は傷病手当で処理すればいいから実家に行って来て大丈夫だと言ったのだが、マイナス明細表がプラスになることはなかった。経済的ストレスが加わり、私の状態は悪化し始めた。
2015年11月16日にセクハラ対策委員会のFさんと話をしてから私は「ふさわしい対応をお願いします」と言ってその件から離れようとした。しかし、本社にいる女性の仲間たちから会社は被告の行為を厳重注意で終わらせようとしているんだと何回も聞いた。会社は特に私に連絡をしていなかったので、私は来年の組織図が出るまで日常を守りながら会社の対応を待っていた。2016年1月の新年方針発表会で手にした組織図から被告は除名されていなかった。しかもE課長がいる部署なっていた。他の部署の部長によると、皆んな嫌がったから回り回ってそうなったのだそうだ。新年方針発表会の宴会で目があった被告は私を睨んでいた。これも主観によるから被告が本当に私を睨んだかどうかはわからない。
その後からも会社は私に連絡をくれなかった。被告が新しく入った部署には同年代の韓国人Kさんがいた。彼女は私によく不安を話した。被告と出張で韓国に行った時、自分の身を勝手に振り回すからとても不快だったと、部署は外から見えないので2人きりになるのがとても怖いと、やめるかとも考えると話した。Kさんの不安と、被告が他の女性社員たちにした軽いセクハラを聞いてから被告の行為を黙っていたらダメだと感じた。どうせ被告は私に接触することを禁止されたわけだから、私だけ我慢してなかったことにすれば、好きな仲間と一緒に働き続けると思っていた。しかし他の女性たちが怯えているのを聞きながら黙り続けるのは私の基準では「不自然な」ことだった。だから2016年1月末か2月初、私から会社にメールをした。私はH部長などに会い、心の蓋を開け、封印した記憶を取り出した。何度も話をする内に心の蓋が壊れるのを感じた。2016年2月5日に取締役兼開発部の部長であるJさんから会いたいというメールをもらった。J部長は私に深く頭を下げて「後輩を許してほしい」とお詫びをした。しかし被告はお酒を飲んで記憶がないと主張していた。だから私はJ部長に当時のことを事細かく描写した。いつも地下鉄で「痴漢は犯罪です」というアナウンスを聞くのだが、被告の行為は犯罪ではなく何かと聞いた。すると、J部長は「海の時から、犯罪です」と答えた。そして私は心の器が壊れるのを感じた。「犯罪」。私が被害者だという自覚をした。
私は表面上では笑っていたが精神を保つのが難しくなっていた。それで会社に「私はカウンセリングが必要です。センターに行かせてほしいです」と求めた。しかしH部長は「あまり良い考えではない。会社で何でも聞きます」と柔らかく反対した。でも私が「会社の人は専門家ではありません。しかも仲間にこういうことを話すと笑顔で会社にいるのが難しくなります」など、決心を曲げなかったので、セクハラ対策委員会のFさんがウィングス京都という無料のセンターを紹介してくれた。後になって無料のセンターの記録は証拠にならないことがわかったのだが、意図的かどうかはわからない。
E課長はよく私の相談に乗ってくれた。2月のある日、E課長が「入社式で李さんの笑顔を見た被告が李さんと付き合いたいなどを言って李さんに強い興味を表した」と話してくれた。それを聞いた私はもう笑えなくなった。私の笑顔が原因だと思い、自分の顔をカッターでギザギザにしたい衝動を感じた。被告に触られた部分を全てカッターで切り落としたい衝動を感じた。笑顔で耐えていた日常は一気に壊れ、会社で涙が止まらなかった。被告のことを考えないようにすると、頭が白く飛んでしまい、業務に集中できなくなった。被告にされたことを記憶から消そうと頑張ると、他の記憶も一緒に消えてしまった。例えば友達や先生、後輩の名前だったり、当然わかることがだんだん消えていった。だんだん会社で呼吸が難しくなってきた。そして2016年5月10日だったかしら。会社のエレベーターで気を失い、目を開けると周りには人がたくさんいて、私は女性社員にもたれて号泣をしていた。それで心療内科に行った。私は心的外傷後ストレス障害になっていた。
その診断書はただ最近発行したものであり、一番最初にもらった診断書は平成28年5月30日のものである。私はそれを会社に提出する前に写真を撮っておいた。
私は会社が被告に対して相応しい対応をしてくれなかったと思う。最後まで会社は相応しい対応ではなく、平和的対応をした(被告はクビになって会社を出たのではない)。会社からクビにすると会社に不利益になるから仕方がなかっただろう、会社としては最善だっただろうと頭では理解しながらも、心は傷ついていることを中々認められなかった。会社が好きだったし、ずっと勤めていたかった。しかしH部長は私に「このような事は初めてでどう対応すればいいのかわかりませんでした」と笑顔で嘘をついた。それを聞いて私の体が酷く震え出した。同席したカウンセラーのLさんが手を握ってくれた。会社で何回もセクハラ事件があったことを仲間たちに聞いて知っていた。セクハラ事件を会社がお金で解決した件も聞いていた。同期のMもセクハラとストーキング行為が原因で会社を辞めた。それらを会社はいつも静かに処理してきた。H部長の完璧な笑顔と嘘を聞いて、私は会社に酷く失望をした。カウンセラーのLさんは私に「この会社は古いね。派遣で教育しに行きたくなるわ」と言った。
私は、発病に関しては主に会社に原因があると思っている。しかし、被告のハラスメント行為がなかったら、会社の残念な対応もなく、私が会社と言い合う理由もなく、その過程で病気になることもないし、身体と精神の崩壊による損害もない。つまり、私に損害は被告に起因している。
私も女性が私益のためにセクハラを主張し、男性の人生を壊すことは認めない。それは詐欺、つまり犯罪だと思う。それが許されるのも私の願う社会ではない。
これは性差別問題ではなく人権問題だと思う。性別と関係なくハラスメント行為は発生している。私の場合、「セクシャル」。つまり性のバウンダリーが侵害された。もし被告が女性だったとしても、相手の性のバウンダリーを侵害したことに自覚と謝罪が伴っていないことに対して私は危険を感じ、他の被害者が発生しないように争う。だから今と結果は変わらない。これは男性差別ではなく、セクシャルハラスメントという人権問題である。
私が勝とうが被告が勝とうが、被告の行為がなくなるわけでも私の苦しんだ時間がなくなるわけでもない。私が勝つと損害に対する賠償だけではなく、この社会に対する安心感と私に対する自己尊重感を得る。お金はまた稼げばいい。お金よりも大切なのは、自分と私の友達が保護される社会に一歩近付いたという安心と、諦めず争い切った自分への尊重だ。
第2審はどうなるだろう。
眠れないし、胃がちくちく痛い。
2018.08.16