https://www.jalan.net/news/article/484184/
私はFacebookでフランス人のO君とつながっています。フランス人といっても、かつてのベルギーの植民地と思われるコンゴのブカヴという都市出身。日本大好きで日本語を一生懸命勉強して、日本の五島という所で国際交流員として働いたことがあります。今はフランスに戻っています。彼は日本の政治にもおおいに関心があり、たとえば国鉄の歴史や国労のことまで知ってるのに驚きました。
で、父の話になるんですが父が国鉄→JRの運転士だったことは前にも言いました。父が過去に仕事について話していたことを集めたらそれはそのまま日本の鉄道の歴史を語ることになると思いました。
でも私は鉄道のことについて無知だし記憶もぼんやりとしています。語り手として不十分です。でもスマホの使い方も知らない父がかつて機関車を運転して日本の鉄道を支えていたことは語る価値があります。
父が若い頃すごい田舎で機関車を止めて線路から川に飛び込んだり、先輩が蛇を捕まえて一口大に切って、当時はまだ蒸気機関車だったので石炭を燃やした火で焼いて(切っても蛇が動いている)食べたりしたんだそうです。
運転をしていると人身事故を起こさざるを得ない場面もあります。父は遭遇したことがあり、警察に知らせて警察が来るまで死体が動かないよう見張っていなければなりませんでした。動かすと罪とみなされるそうです。ちなみに人身事故のことをマグロと言うそうです。イタリア映画「鉄道員」でもマグロのシーンがあって、主人公のお父さんはショックでそのあと赤信号を見落として大事故を起こしかけます。運転しているのは人間ですから。
国鉄の民営化の時は大変でした。国鉄の存在意義というのは移動手段の少ない田舎で路線を廃止しないで列車を動かすことにあります。民営化したらもうからない路線は片っ端から廃止するでしょう。で、国鉄にはいくつか組合があって国労が最も有名ですが、父が入っていたのは国労ではなくて全動労でした。民営化に反対していたのでいざ、民営化された時に首になって路頭に迷うことを父は恐れていました。しかし美容師だった母が「何?そんなことこわがらないでどんと構えていなさい」と言いました。結局人員不足でJRは父たちを採用しました。でも運転の仕事はできなくて信号か何かを切り替える仕事?何万歩も歩く仕事をしていたようです。民営化されて事故が増えました。
今、父は老人施設に入っていてかつて何万歩も歩いた足もふらついて歩けなくなったので車椅子です。
今日はこのぐらいで。