はれのひの謝罪会見を聞きながらこの文章を書いています。
喋ってる弁護士が、僕が大学でオペレーティング・システムを教わった教授と全く同じ喋り方なので笑ってしまいました。ああいう喋り方の人、一定数いますよね。インテリの喋り方だ。
さて、質疑応答始まって数分ですが、社長は案の定記者の皆様にボコボコにされています。
「成人式から15日ほどが経過していますが、その間、どこに雲隠れしていて、どんな過ごし方をしていたんですか?どんな気持ちで逃げていたんですか?」
「そのような資金繰りが悪化している状態でも注文を取り続けていたというのは、詐欺になると思うのですが、そこはどうお考えですか?」
と、記者の言葉選びにもかなりトゲがあります。
で、そんなような展開で、社長はかなりのパチパチとまばたきしながら一生懸命答えています。
なぜ40万人もの人が会見を見るのか
さて、僕がこれを書いている19時40分現在、40万人以上の人が視聴していまして、視聴者数の増加はとどまるところを知りません。
これ、すごくないですか?
40万人の人が一斉に見る生放送なんてそうそう作れませんよ。ホリエモンだってそんな数字はそうそう出せない。
さて、僕は遊び作りのプロでして、遊び作りをずっと仕事にしています。
したがって、エンタメとは何か?ということが大いなる関心事です。
なぜこのはれのひ謝罪会見が、40万人もの人の心をつかむのか、爆発的に多くの人が見ているのか、ということを考えます。
結論から言えば、同級生がバリクソ怒られてると何か楽しい現象なんだと思います。
あったじゃないですか。中学生の時、自分と対して親しくないやつが、自分と関係ない理由で怒られてるとちょっと楽しい、というあの空気。
退屈な授業を受けているよりは、先生が誰かを怒ってるのを見るほうが楽しい。非日常を味わえる。
その感覚、皆も覚えがありますよね?(あれ、僕だけじゃないよね?)
で、”謝罪会見”ってそれがバージョンアップしたヤツだと思うんですよね。
怒られる生徒→(大企業の、立派な)社長
怒る先生→記者(の背後の社会)
という置換えです。
怒られる社長(強者)が面白い
怒られる人も、そこら辺の中学生ではなく、立派に大企業を切り盛りしてきた、権力や地位を持った社長です。
その人がとんでもなく怒られてるんだから、こりゃ非日常の極みなワケです。
あと、弱者が怒られるより、強者が怒られる方が楽しい。これは日本人皆の持ってる判官びいきの感覚ですね。
怒る側(社会)も面白い
で、怒る側も面白いんですよ。怒っているのは一見記者に見えるんですが、背後にあるのは実は”社会”です。
社会という巨大な怪物はとても捉えにくいです。”先生”は一人の人間ですから常に喜怒哀楽が見えますし、ある程度パターンが分かります。
しかし、”社会”は分からない。社会はあまりにも巨大だから、喜怒哀楽がはっきり見える瞬間がほとんどないのです。
そんな社会が、明確に”怒り”を持ってやってくる、そういう構図だから面白い。普段見えない怒りが激烈に表出する瞬間です。
普段怒んない人が怒る方が怖い。そして社会が怒るともっと怖い。でも怖いもの見たい。楽しい。
だから謝罪会見は猛烈なエンタメになるんだろうなと思います。
まとめ
以上、はれのひの謝罪会見を聞きながらぼんやり一筆書きしてみました。
謝罪会見をエンタメとして捉えたときの面白さは、”同級生がバリクソ怒られてると何か楽しい”現象と同じだと思います。
コメント頂けたらエンタメ論を交わす気マンマンですので、お気軽にご意見聞かせてね!
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