はいどーも!!Hypertakaです。
今回のテーマはこちら!!
・学歴フィルターとは、就職活動(特に新卒採用)において存在すると言われる、学歴によるフィルタリングシステムのことです。
・例えば、東大生のAくんには早期選考の案内が来るが、早稲田のBさんにはその案内は来ないなど
(実際のところ、東大と早稲田ではほぼ差はありませんが笑。分かりやすさのためにこう書いてます)
結論↓
こんなゲームを考えてみましょう。
・あなたの前に袋が二つあります。
・袋Aには100個のくじが入っており、そのうち10個が当たりくじです。
・袋Bには10個のくじが入っており、そのうち3個が当たりくじです。
・あなたは5回までくじを引けます。
・あなたが当たりくじを引けば報酬が、引けなければ罰があります。
みなさんは、どちらの袋からくじを引くでしょうか?
私はBの袋です。
この例えは、様々な部分を端折ってしまっているものの、「学歴フィルター」の構造を簡単に説明できます。
このゲームでの「あなた」は企業の人事です。
企業にとって、どんな実績があるのか分からず、どんな成果を出してくれるか分からない新卒採用は非常にリスキーなものです。加えて、企業が面接や説明会に割ける時間は限られています。学歴は、「これまでに努力してきたことの証明」でもありますし、「成果を出せる人間であることの証明」でもあります。「学歴が全てではない」にしても、学歴という測定しやすい指標でのスクリーニングは、企業にとって簡単で、効率的なのです。
結論:
なぜなら、それが採用において効率的な営みだからだ。
ここからが本題です。
上記の「企業側の学歴フィルター」は利益を求める以上、当然の行動です。
しかし、学歴フィルターにはもう1種類あるということを私は主張します。
この足枷は、一般にグループワークや集団面接で発生します。
例えば、GD(グループディスカッション)の場面を想像しましょう。
GDの参加者がA(東大)、B(早稲田)、C(立教)、D(日大)の場合、一般的にその議論を牽引するのはAかBです。Cの場合もまれにありますが、Dが全体の指揮を執ることはほぼありません。
なぜか?
全員が「そういうもの」だと思っているからです。
「学歴が高ければ高いほど、あらゆる面で才能に溢れており、その人に任せておけば間違いは少ない」という共同幻想。これを就活生コミュニティ全体が共有することによって、
のです。
この足枷の悪い点は
①理由もなく足枷をはめてしまうこと
②自分が自分に足枷をはめていることに気付かないこと
③1つの足枷が更なる足枷を再生産すること
です。
就活生は、自分の学歴に基づき①自分の立ち位置はこの辺だろう、という妥当性の低い推論を立て、②勝手に自身の能力や経験の発揮を制限し、③そのありようを見た同世代の就活生も、同様の推論から自滅していきます。
もちろん、その中で大きな価値を発揮し、学歴フィルターを潜り抜ける優秀な学生もいます。
しかし、そういった学生はほとんどいません。
ほとんどの学生は自分の勝手な推論から、高学歴学生に「人を指揮する経験」、「人前で発表する経験」、「自分自身を肯定する経験」を積ませているのです。
私は、どちらかといえば、学歴フィルターの恩恵を大きく受けている部類に入ります。
なので、こんな主張をする必要なんてないのですが、私の正義がそれを許しませんでした。
とても秀逸なアイデアが、高学歴の身勝手なふるまいで水泡に帰したグループワークをいくつも見ました。
学歴がないせいで、リーダーシップを発揮できていない人物を見ました。
私より優秀な学生が、私の学歴に委縮して、意見をはっきり言えないことがありました。
こんな状況では、学歴は、学歴フィルターは再生産されるばかりです。
自分の能力に、経験に、直感に、そして自身の大学で学んできたことに、もっと自信を持つべきではないでしょうか。
強く、そう願います。