福岡にいるという事で、今ならではの、令和由来の地として今ホットスポットになっている太宰府は坂本八幡宮を訪ねてみました。
まず博多からは福岡県民御用達の西鉄電車で太宰府まで行きます。
よく観光地にある顔出して写真とるあれですよ。ちょっと俗っぽいかな?
何も知識がない2人がただ坂本八幡宮を目指すとなると、まずどうやって行ったら良いかを聞く事。どうやら大宰府執政跡地(だったかな?)までバスで行くとよいとの事。
ここで太宰府についての豆知識 by wikipedia
大宰(おほ みこともち)とは、地方行政上重要な地域に置かれ、数ヶ国程度の広い地域を統治する役職で、いわば地方行政長官である。大宝律令以前には吉備大宰(天武天皇8年(679年))、周防総令(天武天皇14年(685年))、伊予総領(持統天皇3年(689年))などあったが、大宝令の施行とともに廃止され、大宰の帥のみが残された。
だそうです。とりあえず太宰府って地名と執政が行われていた大宰府は少し違うみたいです。
「都督府古址」(ととくふこし)の記念碑みたいです。
何かそれっぽい歌です。
全てを見通せるような写真は撮れなかったのですが、福岡で生まれ育って、太宰府=天満宮と梅が枝餅とウソ程度のイメージしかなかった私には、この史跡はちょっとした衝撃でした。
柱跡?
これが坂本八幡宮の由来らしいですが、暑い日で文字が全然頭に入ってきません。
上の看板にも書いてあった「がらんさま」らしい。ちょっとよく判らない。
坂本八幡宮、令和の歌を詠んだ大伴旅人の邸宅跡のようです。だから令和の由来の地。って事のようです。
こーんな小さい八幡宮で、一日に10人程度だったのが、令和の発表と同時に全国から押し寄せて、令和初日1万人と言う人が来たとか。この機に御朱印を発行して売ろうと思ったようですが、予想を上回る数に、追い付けなかったようです。この日はもう御朱印はありませんでしたが、その名残の特設テントがまだ置きっぱなしでしたが、もう普通営業に戻っているようでした。
令和のゆかりって言うのが貼ってありました。
そんなこんなでちょっと今まで行った事なかった場所に行きました。
一応ノルマ達成な気分で次は普通に太宰府天満宮に向かいました。
それはまた後日。
旅行地の情報
● 日本、福岡県太宰府市坂本3丁目14−23 坂本八幡宮(大伴旅人邸跡)
trips.teem で作成された文です。